場所:東京都千代田区皇居東御苑内
【標識の説明】 [由来分類:眺望・景観(海)]
本丸と二の丸をつなぐ坂道でした。その昔、今の新橋から皇居前広場の近くまで日比谷入江が入り込み、この坂から海を眺めることができました。坂の上には、汐見坂門が設けられていました。
皇居東御苑にある白鳥濠の北側の坂で、この坂を上ると旧本丸跡に出ます。『紫の一本』(戸田茂睡著)には、「此所より海よく見へ、汐のさしくる時は波ただ爰元へ寄るような故塩見坂といふ。今は家居にかくされて見へず。」とあり、下町方面が埋め立てられて、海岸線が遠くなり、市街地の栄えていくありさまがしのばれます。(千代田区HPより引用)江戸の町は徳川家康によってひらかれ、長きにわたって水利・水運を中心とした埋め立てや区画整理が行われた結果、町が広がり日本の中心地となっていったことが今日の東京という大都市へ繋がっているのでしょう。
上水の整備や江戸城の築城による地方大名の屋敷の整備、各地の職人の集結等が大人口都市へと導いていったのでしょう。
その長期にわたる都市展望を描けたのもすごい人物だと思います。
恐るべしは徳川家康!
この坂は城内ということもあり、勾配はきつくなっています。
《撮影日:2009年1月11日》
<寄り道で見つけた>👀📸
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