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6月, 2020の投稿を表示しています

鏑木(かぶらぎ)坂

場所:東京都品川区旗の台1丁目 【標識なし 】 [由来分類:施設(屋敷・邸宅)]   品川区のHPによると 「昭和大と同付属病院の間の坂を言います。昔は、立会川 のところから坂上にかけて旧天領名主鏑木家の屋敷があっ たため名付けられました。」とあります。 勾配の緩やかな坂です。(5%:3m/74m) 昭和大学と昭和大学附属病院の間を東から西に上る坂です。 《撮影日:2009年5月31日》

百反(ひゃくたん・ひゃくだん)坂

場所:東京都品川区西品川3丁目 【標識(品川区教育委員会設置)の説明 】 [由来分類:形状・地形(階段)]   この坂は一般に「 ひゃくたんさか 」とよばれているが、古くは「 ひゃくだんさか 」とよばれている。  昔この坂は階段であったため百段とよばれていたものが、のちに路面が平坦になり、名称だけが百反となって残ったものといわれている。 JR大崎駅の南側に位置し、百反通りを東から西に上る坂です。 傾斜の緩やかな坂です。(3%:15m/600m) 《撮影日:2009年5月31日》

無名坂(西品川3丁目の坂)

場所:東京都品川区西品川3丁目 百反通から南側に下る坂道です。 西品川3丁目16番地と17,18番地の間を走る坂です。 坂道を下っていくと東海道新幹線の線路に出会います。 写真は坂下から坂上(百反通)を見上げたところです。全体としては 緩やかな勾配の坂ですが、でも滑り止めがされている場所もあります。(4%:3m/74m) 《撮影日:2009年5月31日》

無名坂(西品川2丁目の坂)

場所:東京都品川区西品川2丁目 西品川貴船神社横を坂上として三ツ木通りに下る坂道です。 西品川2丁目1番地と2番地の間の坂です。 少しきつい勾配のある坂です。( 8% :6m/71m) 《撮影日:2009年5月31日》 <寄り道で見つけた>👀📸 貴船神社 「御由緒」 和銅二年(709年)藤原伊勢人の御勧請により創建、貴布裲大明神と号していた。水神として崇められ、享和三年(1803年)貴船神社と書くように改められたと伝えられる。(東京都神社庁HPより抜粋引用)

平和(へいわ)坂

場所:東京都品川区西品川2丁目 【標識(説明なし) 】   [由来分類:   ] 大正時代、この坂のあたりは東京府荏原郡品川町大字北品川の三ツ木耕地と呼ばれていました。 また、当時はこの坂から上の道は有隣社通りとも言われていました。 昭和23年に「平和坂通り商店会」が結成され、この時にこの坂も 平和坂 と名称されました。(品川区HPより) 左側の写真の入口付近に「 平和坂 」と書かれた標識(多分ステンレス製)が設置してありました。横には、個人名が連名(同姓)で書かれていました。商店会有志による設置なのでしょうか? 少しきつい勾配のある坂です。( 8% :4m/52m) 《撮影日:2009年5月31日》

桐ヶ谷(きりがや)坂

場所:東京都品川区西五反田6丁目 【標識(品川区教育委員会設置)の説明 】 [由来分類:植物(桐)]   桐ヶ谷坂 は、もと江戸時代の中原道の専修寺(西五反田6丁目)前あたりの坂を呼んでいたが、昭和初年の区画整理によって現在の中原街道ができたために、坂名もこちらに移ってきた。  昔このあたりは桐の木が多くあった土地で、また霧の深い谷地であったために、桐ヶ谷と呼ばれると伝えられるところから、この名称がつけられた。 中原街道を走る坂で首都高2号目黒線の荏原ランプ分岐の下あたりが坂下となります。 西に上って桐ヶ谷交差点あたりが坂上となります。 緩やかな勾配の大きな幅の坂です。(4%:5m/130m) 《撮影日:2009年5月31日》

清水(しみず)坂【戸越3丁目】

場所:東京都品川区戸越3丁目 【標識なし 】[由来:不明] 戸越銀座商店街通りを坂下として南へ上る坂です。 勾配は緩やかな坂です。(5%:6m/110m)  戸越銀座商店街通りから南へ上る坂は、西からこの 清水坂 ・ 無名坂(戸越2丁目の坂) ・ 宮前坂 ・ 八幡坂 ・ 三井坂 ・ 平和坂 と沢山あります。 これは戸越銀座商店街通りが東西の低地(くぼ地)であることから、南へも北へも上るということになっているというです。 《撮影日:2009年5月31日》

無名坂(戸越2丁目の坂)

場所:東京都品川区戸越2丁目 この坂道は、 宮前坂 と 清水坂 に挟まれていますが、名前がありません。 なぜなんだろうと思いつつ、掲載することにしました。 戸越2丁目1番地と5番地の間にあります。 坂の勾配(少しきつい)等で判断したのではないと思います。( 7% :4m/57m) 新しく出来た坂道なのでしょうか。 坂上が横道にぶつかって行き止まりになっています。 《撮影日:2009年5月31日》

宮前(みやまえ)坂【戸越2丁目】

場所:東京都品川区戸越2丁目 【標識なし 】 [由来分類:施設(神社仏閣)戸越八幡神社]   この通りは、付近にある行徳寺や戸越八幡神社に向かう道で、宮前通りと呼ばれている。  坂の名称もそこからつけられたものである。(品川区HP品川の坂より) この坂の標識についても位置はわかりませんでした。   宮前商店街を北から南に上る坂です。 少しきつい勾配のある坂です。( 6% :7m/120m) 《撮影日:2009年5月31日》

八幡(はちまん)坂【戸越2丁目】

場所:東京都品川区戸越2丁目 【標識なし 】 [由来分類:施設(神社仏閣)戸越八幡神社]   この坂は、戸越銀座通りから戸越八幡神社脇を抜ける坂である。そのために八幡神社にちなんでこの名称がつけられたものである。(品川区HP掲載の標識より) 街路灯に設置された「八幡坂通り商店街」からこの坂が 八幡坂 であることがわかりますが、標識はわかりませんでした。 戸越八幡神社の東側を戸越銀座商店街から南に上る坂です。 緩やかな勾配の坂です。(4%:4m/100m) 《撮影日:2009年5月31日》

三井(みつい)坂

場所:東京都品川区戸越2丁目 【標識(石標) 】[由来:人名(三井家)】 戸越銀座通りから戸越小学校に向かう坂を呼んでいま す。  戸越公園 ・戸越小学校 ・ 文庫の森(国文学研究資料館跡地)等この辺一帯は 、かつて三井農園・三井文庫があったところであり、この名称はそのためです。   現在坂の途中にある民家の塀に、 昭和2年11月に建 てられた「三井坂」の小石標が残されています。(品川区HP品川の坂より) 八幡坂 の東側に位置する坂道です。 緩やかな勾配の坂です。(5%:3m/57m) 《撮影日:2009年5月31日》

無名坂(北品川6丁目の階段坂)

場所:東京都品川区北品川6丁目 無名坂(北品川6丁目の坂Ⅱ) の途中から西へ降りる階段の坂です。 北品川6丁目3番地にある階段坂です。 写真の手前が 無名坂( 北品川6丁目の坂Ⅱ) で、分かれて真下に降りるイメージの坂です。 《撮影日:2009年3月20日》

無名坂(北品川6丁目の坂Ⅳ)

場所:東京都品川区北品川6丁目 御殿山の丘公園の西側を南から北へ上る坂です。 北品川6丁目5番地と6番地の間の坂です。 結構きつい勾配のある坂です。( 12% :12m/100m) この坂の坂下と 無名坂( 北品川6丁目の坂Ⅲ) の坂下は同じ場所です。 《撮影日:2009年5月31日》

無名坂(北品川6丁目の坂Ⅲ)

場所:東京都品川区北品川6丁目 北品川6丁目6番地と7番地の間の坂です。 いわゆるソニー村の中の坂道です。 2号館の北側を西から東に向けて上る坂道です。 ここら一帯は積水ハウスが大成建設に発注する形で、大規模な工事が撮影時展開中でした。(2009年5月31日訪問時) Google mapで見ると、2号館だった場所は、ガーデンシティ品川御殿山という複合施設になっているようです。 坂は相当きつい勾配の坂です。( 15% :7m/48m) もちろんここがソニー株式会社発祥の地ですね。 そのソニーも、2021年4月五1日付で「ソニーグループ」へ社名変更すると 2020年5月19日に発表されました。エレクトロニクスから幅広い事業への展開が狙いとか。 あのソニーもエレクトロニクスだけでは競争できなくなったということでしょうか。 《撮影日:2009年5月31日》

無名坂(北品川6丁目の坂Ⅱ)

場所:東京都品川区北品川6丁目 無名坂(北品川6丁目の坂Ⅰ ) の坂下を更に南へ下る坂です。 北品川6丁目3番地と4番地の間を走る坂です。 写真でもわかる通り滑り止めが施された結構きつい勾配のある坂です。( 12% :9m/78m) 《撮影日:2009年3月20日》

無名坂(北品川6丁目の坂Ⅰ)

場所:東京都品川区北品川6丁目 品川区北品川6丁目と港区高輪4丁目の区境を走る坂です。 Googleマップでは” 都内で一番の急坂 ”と記載されています。( 26% :8m/31m) 新しい坂であることには違いなさそうです。 滑り止めと階段が併用されています。 《撮影日:2009年3月20日》

八ツ山(やつやま)の坂

場所:東京都品川区北品川5丁目 【標識(品川区教育委員会設置)の説明 】 [由来分類:旧地名(八ツ山)]   このあたりは武蔵野台地の突端にあたる丘陵で、海岸に突き出た州が八つあったところから八ツ山と呼ばれた。この地にある坂のために、いつしか 八ツ山の坂 という名がつけられた。この道は、もと三間道路と呼ばれ、道幅は三間(約六メートル)で、あたりには人家も少なく、夜はさびしい通りであったという。 通称ソニー通りを走る坂です。 だらだらとした緩やかで長い大きな幅の坂です。(1%:4m/450m) 《撮影日:2009年5月31日》

御殿山(ごてんやま)の坂

場所:東京都品川区北品川5丁目 【標識(品川区教育委員会設置)の説明 】 [由来分類:所在施設(屋敷・邸宅)]   このあたりは、江戸時代に将軍が鷹狩の折りに休んだ品川御殿があった場所で、御殿山と呼ばれている。坂の名称もそこからつけられたものである。  もとは急な坂であったが、何回かの修理でゆるやかになった。 ミャンマー大使館の前から小関に下る坂で、以前は現在よりさらに急な坂であった。戦前と戦後にかけて道を修理し、勾配を緩和した。当時この辺は徳川藩の御料地であり、御殿山と呼ばれていましたので、この名になりました。(品川区HPより引用) 山手通りと小関通りの交差する居木橋を坂下として北へ上る坂です。 少しきつい勾配のある坂です。( 9% :14m/160m) 東京時分に何故かよく訪れた場所です。 《撮影日:2009年5月31日》 《撮影日:2010年5月24日》 <寄り道で見つけた>👀📸 御殿山の坂のまだ北側にある”翡翠原石館”まで足を延ばしました。

品川神社女坂[車坂]【北品川3丁目】

場所:東京都品川区北品川3丁目 男坂 の北側を迂回する形で上って行きます。 少しきつい勾配のある坂です。( 7% :6m/89m) 《撮影日:2010年8月1日》

無名坂(上大崎3丁目の坂)

場所:東京都品川区上大崎3丁目 JR山手線と首都高速2号目黒線の間にある坂です。 上大崎3丁目9番地と10番地の間の坂です。 坂上は目黒通りから南側に行ったところにあります。 そこからさらに南へ下る坂です。 少しきつい勾配のある坂です。( 9% :7m/81m) 《撮影日:2011年6月1日》

品川神社男坂【北品川3丁目】

場所:東京都品川区北品川3丁目 品川神社の男坂です。 第一京浜の北品川3丁目交差点のすぐ側にあります。 《撮影日:2010年8月1日》

峰原(みねはら)坂

場所:東京都品川区大崎4丁目 【標識(品川区教育委員会設置)の説明 】 [由来分類:旧地名(峰原)]  峰原とは谷山村(ややまむら)時代からこのあたり一帯の地名で、現在の大崎3・4丁目付近にあたり、坂の名はこれをとったものである。当時、峰原は畑地帯であった。 立正大学の東を南から北へ下る坂です。 坂は峰原通りの一部となっています。 坂上は大崎幼稚園当たりで、坂下は山手通りの大崎警察署前交差点です。 少しきつい勾配のある坂です。( 6% :14m/250m) 《撮影日:2009年5月31日》

無名坂(大崎2丁目の坂)

場所:東京都品川区大崎2丁目 百反坂 坂上から北に少し入ったところからJR大崎駅方面に向かって下る坂道です。 大崎2丁目6番地と7番地の間の坂です。 少しきつい勾配のある坂です。( 8% :11m/130m) 大崎地区も東口のゲートシティと西口のシンクパークタワーを中心にまだまだ開発が進むようです。(2009年5月31日時点での感想) 《撮影日:2009年5月31日》

無名坂(小山八幡神社女坂)【荏原7丁目】

場所:東京都品川区荏原7丁目 こちらも勝手に小山八幡神社女坂と呼んでいます。 男坂 の左から上がる坂です。 緩やかな勾配の坂です。(4%:5m/140m) 《撮影日:2009年5月31日》

無名坂(小山八幡神社男坂)【荏原7丁目】

場所:東京都品川区荏原7丁目 小山八幡神社の男坂と勝手に呼んでいます。 《撮影日:2009年5月31日》