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旭(あさひ)坂

 


場所:東京都渋谷区上原1丁目

【標識なし】 [由来分類:自然現象(朝日)]
 
上原1丁目21番あたりの高台から、ほぼ北に向かって下り、小田急線の踏切を越えるかなり急傾斜の坂道である。地元の吉田国太郎氏の談によると、いま坂の両側は上原銀座商店街としてにぎわっているが、むかしは暗くてさみしい坂道だったという。昭和の初期にこの坂道が改修されたが、当時代々木上原町の町会長をつとめていた粟野政之亮氏が有志と図ってこの坂を旭坂と呼ぶことにしたという。改修された坂道に朝日が射すことから名づけたらしいが、坂名の表記には朝日と同音同義の旭の文字をあてた。
(渋谷の坂HPより引用)

上原1丁目からほぼ北に下る坂で、途中で小田急小田原線と東京メトロ千代田線の高架を潜ります。
少しきつい勾配の坂です。(9%:13m/140m)

《撮影日:2009年7月19日》

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