【標識(港区設置)の説明】 [由来分類:眺望・景観(江戸市中)]
江戸の中心部に市街がひらけて以来、その大半を眺望することができたために名づけられた坂である。
虎ノ門病院から特許庁へ抜ける 道のあたりに江戸時代、葵坂という名高い坂がありました。長さは24間 (約40メートル)、幅は6間4尺(約12 メートル)。松平肥前守(佐賀藩鍋 島家)の屋敷とお堀を両側に控えて上り、坂の上はタチアオイの花が咲 いていたことから「葵が岡」と呼ばれ ていました。坂の北側には溜池から 流れ出る水の落ち口があり、どうどうと音をたてていたことから「どんどん」と呼ばれていました。溜池の埋 め立て時、葵が岡の土が削られるとともに葵坂の姿は消え、現在は浮世 絵にその面影をとどめています。明治5年(1872年)、この一帯の 武家地が合併され、葵坂にちなんで溜池葵町という町名が付けられまし た。町の東南辺をまわる坂は、江戸 の町を見渡せたことから江戸見坂と呼ばれ、町の中央には、海が見えた ことがその名の由来といわれる汐見坂が東西に通っていました。両坂は現在も残っています。(港区HPより引用)
東京都立江戸三坂公園を坂上にして北東に下る坂です。坂下は汐見坂の坂下と出会います。結構きつい勾配のせいか、滑り止めが施されています。(10%:13m/130m)
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