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播磨(はりま)坂






場所:東京都文京区小石川4丁目

【標識(文京区教育委員会設置)の説明】 [由来分類:施設(屋敷・邸宅)松平播磨守] 
この道路は、終戦後の区画整理によって造られたもので、一般にいわれる環三道路(環状3号線)である。
 かつて、このあたりは松平播磨守の広大な屋敷のあった所である。坂下の底地一帯を「播磨たんぼ」といい伝えており、この坂道もこの土地の人は播磨坂とよんでいる。
 昭和35年頃、「全区を花でうずめる運動」が進められ、この道路も道の両側と中央に樹令15年位の桜の木約130本が植えられた。そして地元の婦人会の努力によって、「環三のグリーンベルト」は立派に育てられている。
 昭和43年から桜まつりが行われ、文京区の新名所となった。


春日通りの小石川5丁目交差点から西北に下る坂です。中央に分離帯がある大きな道幅の坂です。緩やかな勾配の坂です。(4%:17m/450m)

《撮影日:2008年11月2日》


<寄り道で見つけた>👀📸


         極楽水                 
極楽水と呼ばれるところで、もともと、さきほどの宗慶寺の境内だったところで、
江戸を代表する名水だったそうです。湧き水量は豊富なだったそうですが、今
では想像はできない状態になっています。現在は、上の写真でもわかるようにマン
ションの敷地内にありますが、誰もが自由に入ることができるようになっています。


 播磨坂さくら並木案内図
播磨坂は環状3号線ということで道幅が非常に広く、中央分離帯があります。
そこには遊歩道や小さい川が作られていたりしていて、まさに公園の様相を呈しています


旧町名案内(旧久堅町)



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