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根津裏門(ねづうらもん)坂



場所:東京都文京区千駄木2丁目

【標識(文京区教育委員会設置)の説明】 [由来分類:施設(神社仏閣)根津神社] 
根津神社の裏門前を、根津の谷から本郷通りに上る坂道である。
 根津神社(根津権現)の現在の社殿は、宝永3年(1706)五代将軍綱吉によって、世継ぎの綱豊(六代家宣)の産土神として創建された。形式は権現造、規模も大きく華麗で、国の重要文化財である。
 坂上の日本医科大学の西横を曲がった同大学同窓会館の地に、夏目漱石の住んだ家(“猫の家”があった。『我輩は猫である』を書き、一躍文壇に出た記念すべき所である。(家は現在「明治村」に移築)
根津神社の北側を西から東の千駄木2丁目交差点へ下る坂です。緩やかな勾配の坂です。(3%:5m/150m)

《撮影日:2008年10月12日》

《撮影日:2011年2月13日》


<坂の途中で>👀📸




   根津神社は「根津権現」とも呼ばれている。日本武尊が1900年近く前に創祀したと伝える古社で、東京十社の一つに数えられている。境内はつつじの名所として知られ、近隣には森鴎外や夏目漱石といった日本を代表する文豪が近辺に住居を構えていたこともあり、これら文豪に因んだ旧跡も残されている。社殿は1705年の創建で、江戸幕府五代将軍・徳川綱吉による普請とされ、権現造(本殿、幣殿、拝殿を構造的に一体に造る)の傑作ともされている。社殿7棟が国の重要文化財に指定されている。近代文学の諸作品にも描かれてさらに知られるようになった。(先失念HPより引用)

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