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河原(かわら)坂


場所:東京都大田区鵜の木1丁目

【標識(大田区設置)の説明】[由来分類:所在位置(川へ)]  
現在の、鵜の木二、三丁目付近は、昔、多摩川の河川敷であったので、河原の地名がある。坂名の由来は、河原に出る坂道であることによる。今は「切通」になって、ゆるやかであるが、以前は道幅も狭く急な坂で、河原の畑を往来する荷車などは難儀をしたという。
鵜の木松山公園の南側を西から東へ上る坂です。現在では多摩川からは少し離れています。緩やかな勾配の坂です。(4%:5m/120m)

《撮影日:2009年9月20日》

<寄り道で見つけた>👀📸



鵜の木松山公園にある”横穴墓群遺跡”


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