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寺(てら)坂

 


場所:東京都板橋区小豆沢4丁目

【標識なし】 [由来分類:施設(神社仏閣):龍福寺]
龍福寺と小豆沢神社のある台地から下る坂をいう。この先は荒川(現、新河岸川)に行き着き、江戸時代から新河岸川の舟運で栄えた小豆沢河岸(別名大根河岸)や、対岸の浮間とを結ぶ浮間の渡し場があった。今は小豆沢公園・新河岸川親水レクリエーションゾーンになっている。また隅田川・荒川・東京臨海部めぐり東京水辺ラインの船着場がある。崖下左手には御手洗不動堂や池が復元されている。龍福寺の秘仏薬師如来が出現した所といわれ、この清水で眼病に罹た眼を洗うと治るといわれた。 「郷土 板橋の坂道」(いたばし まち博友の会)より引用
 小豆沢4丁目16番地と15番地の間を東へ上る坂です。寺の名前(ここでは龍福寺)がついた坂はたくさんありますが、単に”寺”という総称で呼ばれる坂は珍しいのでないかと思われます。
崖線を直線的に上る坂ではないので、それほどの勾配ではないかと思いきや結構きつい勾配のある坂となっています。(10%:9m/93m)

《撮影日:2007年5月20日》
《撮影日:2009年2月8日》

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