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江戸見(えどみ)坂【荏原7丁目】

場所:東京都品川区荏原7丁目 【標識(品川区教育委員会設置)の説明 】 [由来分類:眺望・景観(江戸市中)]   大正はじめ頃には、まだこのあたりは一面の耕地であったが、この坂から東京市中がよく見え、東南方には大井・大森の海まで見わたせた。 東急目黒線の西小山と洗足の中間くらいの東側に位置する坂です。 少しきつい勾配のある坂です。( 6% :8m/130m) 《撮影日:2009年5月31日》 <寄り道で見つけた>👀📸 坂の東側にある「江戸見坂公園」

八幡(はちまん)坂【荏原7丁目】

場所:東京都品川区荏原7丁目 【標識なし 】 [由来分類:神社仏閣(小山八幡神社)] 小山八幡神社の北側を東から西に上る坂です。 少しきつい勾配のある坂です。( 6% :7m/120m) 《撮影日:2009年5月31日》 <寄り道で見つけた>👀📸 しながわ百景にも数えられている 小山八幡神社

地蔵(じぞう)坂【東向島1丁目】

場所: 東京都墨田区東向島1丁目 【標識なし】 [由来分類:施設(神社仏閣)子育地蔵堂] 墨田区唯一の名のある坂です。 名前は地蔵坂通りとして有名です。 ご覧の通りの勾配ですから、坂と呼ぶには・・・。(0%:1m/220m) それでも後述する子育地蔵堂の説明には”「 地蔵坂 」で知られている”、と出てきております。 《撮影日:2009年5月4日》 <坂の途中で>👀📸   子育地蔵堂 所在 墨田区東向島三丁目二番一号            この小堂に祭られている子育地蔵は、 文化年間(1804~            1817)に隅田川の堤防修築工事の際、 土中から発見され            たと伝えられています。 初は村の子供たちが、 神輿がわり  にこの地蔵をかついでいたそうです。            ところがこの地に古くから住む植木屋平作方の雇人夫婦が、            ある日、田地で殺害されましたが、この地蔵が村のこどもの            口をかりて犯人をお告げになり、 たちまち犯人を捕えること            ができました。 この奇跡に驚いた平作は、 当所に地蔵を安 置して供養を怠りませんでした。            その後、 将軍家斉が当地に鷹狩に来て、 平作方に小憩の            際、 地蔵の由来を聞いて感銘し、 帰城の時にお参りしまし            た。 平作はこれを記念して小堂を建てて、地蔵を安置した         ところ、 多くの人々が参詣するようになりました。            このお堂の前の坂は明治四十四年、 堤防修築の時にでき           たものですが、今も「 地蔵坂 」の名で知られています。                 昭和六十二年三月                                      墨田区

★台東区の坂道散策Ⅱ★

  今回の坂道散策ルート (名前のある坂名のみ記載) ★北区の坂道散策Ⅴ★   ➡ ● 谷中5丁目  蛍坂  ➡  三崎坂  ➡ ● 谷中2丁目  真島坂  ➡  あかぢ坂  ➡ ● 谷中1丁目   三浦坂  ➡  善光寺坂  ➡ ● 池之端4丁目   三段坂  ➡  清水坂  ➡ ●上野公園  稲荷坂  ➡  忍坂  ➡  清水坂  ➡ ●上野7丁目  車坂  ➡ ●上野公園  新坂  ➡ ● 上野桜木1丁目   寛永寺坂  ➡ ●谷中7丁目  御穏殿坂 ➡ < JR山手線日暮里駅>   森鴎外住居跡(池之端3丁目) 上野東照宮は修理中でした! 上野動物公園 弁財天 西郷隆盛像    ★台東区の坂の位置は こちら で見ることができます★ (2008年10月9日  自身の 他ブログ 投稿済の 記事を 修正・再掲)

★台東区の坂道散策Ⅰ★

  今回の坂道散策ルート (名前のある坂名のみ記載) ★荒川区の坂道散策★  ➡ ●谷中5丁目  七面坂  ➡ ●谷中7丁目  御殿坂  ➡  紅葉坂  ➡  芋坂 ➡   ★荒川区の坂道散策★ 今日は荒川区から台東区の坂道を歩きました。 芋坂 は台東区(坂上)荒川区(坂下)にまたがっています。 日暮里周辺おさんぽMAP 谷中ぎんざ 旧谷中初音町界隈 ★台東区の坂の位置は こちら で見ることができます★ (2008年9月5日  自身の 他ブログ 投稿済の 記事を 修正・再掲)

台東区の坂 雑感

台東区は 武蔵野台地 の東端に位置しており、京浜東北線を境として西側には台地が広がっています。 区の西側境界部分は、営団千代田線(千駄木・根津・湯島)に沿って比較的大きな谷地となっています。 台東区の坂は上野台地から各低地・谷地に流れる坂が多くあります。 上野台地の西側 西側に流れる坂の代表として 三浦坂 あかじ坂 上野台地の東側 東側に流れる坂の代表として 新坂 寛永寺坂 御殿坂 いずれの坂も勾配は緩く(それほどきつくなく)上野台地の端が極端な崖になっていないことがわかります。  谷中一帯は墓地があるせいか寺が多いのは当たり前ですが、根津・千駄木のある低地には少ないのが見てとれます。  やはり寺は他の建物とは違い(スクラップ&ビルドが少ない)、古くから位置を変えずに存在しているため、地勢的にみても強固な地盤の場所の上に立っている可能性が高いそうです。そのため現在まで存在し続けているのでしょうか。 低地が水害や地震等で危険かどうかは別にしても、寺があることによってその地の地勢学的な安心感みたいなものが少し見える気がしました。

紅葉(もみじ)坂[幸庵坂]【谷中7丁目】

場所:東京都台東区谷中7丁目 【標識(台東区教育委員会設置)の説明】 [由来分類:植物(紅葉)] 坂道周辺の紅葉が美 しかったので「 紅葉坂」 と 命名されたのだろう。別名「 幸庵坂 」ともいった。その命名由来は不詳。江戸後期の国学者, 山崎美成(よししげ)は「金杉日記」に, 「天王寺うら幸庵坂下, 又三しま社のほとり秋色尤もふかし, 林間に酒を煖む」と記している。 この記事によると, 幸庵坂 の名は江戸時代すでにあったことが知られる。 JR日暮里駅南口と谷中霊園を繋ぐ階段併用の坂です。 階段部はきつい勾配がありますが、他は緩やかな勾配の坂です。(5%:1m/19m) 《撮影日:2008年9月5日》