場所:東京都北区赤羽西4丁目
【標識なし】[由来分類:施設(神社仏閣:亀ヶ池弁財天)]
北区HP(飛鳥山博物館)によると
赤羽西四丁目の南の台地に登る坂。
亀ヶ池の跡地には、現在商店が立ち並び道路も整備され、弁財天が祀られている。
弁天祠に近い坂なのでこの名がつけられた。
亀ヶ池の跡地には、現在商店が立ち並び道路も整備され、弁財天が祀られている。
弁天祠に近い坂なのでこの名がつけられた。
とあります。この弁天祠に由来する坂として弁天池の坂もあります。こちらの方がより祠に近いのですが。赤羽西4丁目23,4,5番地と22,21番地の間を北から南へ上る坂です。写真でもわかりますが、滑り止めが施された相当きつい勾配がある坂です。(15%:12m/80m)
あるきたくなるまち東京都北区(北区地域振興部観光振興担当)に亀ヶ池弁天が記載されています。引用させて頂き紹介させてもらうと、
昔、赤羽駅の西口一帯にあった大きな池があり、亀ヶ池と呼ばれていました。この池は稲付城(今の静勝寺)西側の、天然の防御でした。 昼なお薄暗く、一角のほこらには無数の亀がすんでいました。特に大亀は甲の周囲8.9尺もあり、 小さな子供はその上に乗って戯れたが、大人が行けば隠れてけっして出てこなかったといわれています。また、伝説では、池には一対の大蛇が住んでいたとも言われています。現在の亀ヶ池弁財天の池はその亀ヶ池の名残りといわれていて、中の島に祀られている祠は かつて亀ヶ池の一角にあった物で、中には弁天像が納められています。この弁財天では願いが叶ったらお礼の印に細い絵馬型の御札をかけることになっているそうです。
弁天池の坂はかなり通っていたはずなのに、一枚の写真も撮っていないとは・・・。
《撮影日:2008年8月15日》
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