場所:東京都板橋区成増2丁目
【標識なし】 [由来分類:施設(屋敷・邸宅) or 職位]
【標識なし】 [由来分類:施設(屋敷・邸宅) or 職位]
小次兵衛久保坂の下からすぐに上りになる坂をいう。坂の上は赤塚新町になり、この辺りを帳元という。この名の起こりは、江戸時代から今日にいたるまで、城北一帯の興行物などの一切の勘定の取締りをしていた帳元の家(友山氏宅)があることによる。「郷土 板橋の坂道」(いたばし まち博友の会)より引用
川越街道を走る三つの坂(北から成増坂・小次兵衛久保坂・帳元の坂)の一番南側の坂です。今では幅の広い緩やかな坂となっています。坂下が小次兵衛久保坂の坂下で、坂上が成増に丁目交差点になります。(3%:6m/230m)
《撮影日:2010年5月5日》
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